Skip to content
大谷専修学院

大谷専修学院

同校同窓会「青草びとの会」が運営する学院紹介サイトです

Menu
  • ホーム
  • 学院概要
  • 学習概要
  • 学院生活
  • 学寮生活
  • 入学・学費・資格
    • 真宗大谷派教師資格について
  • 青草びとの会へようこそ!
    • 青草びとの会・学習会の目的
    • 青草びとの会の歩み
    • 青草奨学金について
    • 事務局について

学院生活

1.入学

 真宗大谷派の僧侶という「職業」に従事しようとして、その教師資格を得るために大谷専修学院を
志望する者が多いのは事実です。しかしこの学院は、僧職に必要な知識を学習するだけでなく、
むしろどんな職業に携わろうとも、人として欠くことのできない信念を養うことを目的としています。
 「学院で行われる教育」は、私たちがいかなる職業に携わるにせよ、それを自己一人(いちにん)の
生活の手段にするのではなく、生きとし生けるすべてのものとの全体的な関連において、誠実に自己の分を
尽くす佛教徒としての自覚を目指すものなのです。
 そのことを自覚的に選びとるために、大谷専修学院に入学する者は、入学式にあたって、一人ひとり
御本尊の前で、「新しく佛教徒として共同生活の中に真宗精神を体得すべく努力精進する」ことを宣誓し、
学院生活が始まります。

2.勤行と感話

 大谷専修学院での生活は、朝の勤行に始まり、夕の勤行で終わる日々です。荘厳(しょうごん)された
ご本尊の前で、私たちは各自の内に新しく仏を恭敬(くぎょう)する精神を養っていきます。
 学院生は当番制によって朝夕における勤行の調声(ちょうしょう)を勤め、その威儀を学ばなければ
なりません。
勤行後に行う感話は、学院生の聞法・学習をとおしての率直な生活所感の発表です。そして時にはそれが
教職員と共に掘り下げられ、吟味され、共通の話題として取りあげられることにもなります。また、勤行の
当番にあたった学院生は、一日の学院生活に責任を持ちます。
 なお、仏弟子としての生活姿勢を整えるため、茶髪等の髪染めや、華美な服装、装飾は慎んでください。

夕事勤行 次第
夕事勤行 次第

「夕事勤行」
▲隣接する山科別院本堂での「夕事勤行」

「夕事勤行」2
夕事勤行の様子
夕事勤行を終え学舎に戻る学院生
夕事勤行を終え学舎に戻る学院生

3.清掃

 私たちは毎朝起床すると、学院の清掃を行い、登院すると、班に分かれて学舎の内外・トイレ・庭等の
清掃を行います。また時には全般的な大掃除を行うこともあります。
 労働をいとわない健康な心をお互いに忘れないようにしたいものです。

4.食堂

 特筆すべきは、食堂生活です。大谷専修学院に於いては、食事は全て学院生・教職員が調理します。
 一年目の本科生が班別に週に一度ほど当番となり、2年目の別科生が勤めるリーダーの元、全員の
夕食づくりを担当します。
 別科生は、夕食当番のリーダーとして、献立の作成、食材の購入、本科生の差配を行い、さらに、
朝食、昼食は、全員分を別科生全員で準備します。
 食器洗いは全員が、当番制で行います。
 こういった「食堂生活」こそが、大谷専修学院の学びの中心と言っても過言ではありません。
いのちを養う「食」に具体的に関わる事を通して、浄土真宗の生活を身につけていきます。

食堂の暖簾
宮沢賢治の言葉が書かれた食堂の暖簾
食前、食後の言葉
食前、食後の言葉
食事の準備1
食事の準備1
食事の準備2
食事の準備2
食事配膳
食事配膳
食事風景
食事風景
食事の後片付け
食事の後片付け
食器洗い
食器洗い
2017年2月10日付「中外日報」S
▲2017年2月10日付「中外日報」に掲載された『大谷専修学院、食事づくりの教育』
(クリックすると別画面で拡大表示します)

 

大谷専修学院の「食堂における生活」とは -竹中智秀院長(当時)を囲んで-

1991年5月15日発行の専修学院機関誌『願生』88号の座談会の記事を編集。

◎学院の食堂とは
食堂における生活にどういう願いが込められているのか。それは、「食」は「生」「活」の一番の基盤。そこが曖昧なままで学習などできるのか、という問いかけ、である。

◎僧伽(さんが)における「食」の問題
・釈迦の教団における、乞食(こつじき)、布施(ふせ)、遊行(ゆぎょう)の現代における実践である。僧伽とは、信者の布施(財施)を受け、法施を返す。そういう関係性を持った人の集まり。佛道への深い思いをかけている大衆の願いを受け留めながら「食」をいただく。
・「愛楽佛法味 禅三昧為食」(天親の『浄土論』より) 「佛願力に乗ずるを我が命となす」(曇鸞の『浄土論註』より)といった佛語に表されるように、佛の願いを実現するような身体(法身)を養う「食」であり、それは、阿彌陀佛の「本願」を戴くことである。
・「同じ釜の飯を食う」
日本人の伝統の中で、食を共にするという事は、生き死にを共にする深い共同体の原点。

◎「食」も現代では、商品になってしまっている。街へ出れば、グルメブームだとか言って、値段はいくらか、美味しいかどうか、カロリーは、栄養は、それで終わってしまう「食」は、肉体を養うだけの「食」である。一方、いわゆる「おふくろの味」とか「手づくり」とか、そこには「こころ」がこもっている。単なる「モノ」ではなく、「法身(ほっしん)」を養う食となる。そこが現代は薄れてしまっている。真宗寺院の一番の佛事である「報恩講(ほうおんこう)」の際の食事(お斎・おとき)でも、昔はみな手造りだったけれど、今は出来合いを購入して済ましている。

◎食事づくりが僧伽を作り上げる
・共同作業の大切さがある。実際そこで、友達に出遇ったとか、いま一つバラバラだった班が一つになって気持ちが軽くなった、とか。
・食事を作った方の心をいただく。作る側は真心こめてていねいに。があらわれる場が「食堂」。
『典座教訓』(道元)にある三つの心がまえ。喜心。老心。大心。をもって。僧伽の食を作るのは、非常な喜びがある。それが伝わっていく。僧伽における「作務」まさに「行」としての食堂での食事づくり。
・講堂、金堂、本堂と並ぶ、食「堂」だから、寺院の大切な要素の一つ。

◎「為主佛法 為客世間」(蓮如)
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(宮澤賢治)
専修学院の食堂を象徴する言葉である。ここは、世間の食堂ではない、僧伽の食堂である。これらの言葉を憶念しての食事作りであり、食べる事なのである。

◎ 大悲の関係を開く「食」
単なる食、単なるモノではないなあという体験。食事を作る、食べるということが相互の間に「出遇い」を実に厳密にもたらす。大悲とは捨身。自分の存在全体を与える、無縁の大悲。
自分が食べて自分が満腹ではなく、相手に食べて貰って自分が満腹する。それが浄土の食。食をもらった、食を与えた、いのちそのものの一番原初的なこと。相互の出遇の成就。
自分のいのちは、「他」に由って支えられているという讃嘆がある。

 

■年間日程■

    一 学 期

4月 入学式・入寮式 オリエンテーション 真宗本廟・大谷祖廟参拝
   親睦ソフトボール大会 弁論大会

親睦ソフトボール大会
親睦ソフトボール大会

5月 連休
   グループ別課外学習 得度考査 防火訓練
6月 得度式 期末レポート面接
7月 学期末試験 一学期終業式

    二 学 期

9月 二学期始業式 前期教師修練
10月 竹中智秀先生を憶う会 願生会(学院祭) 各種学校スポーツ大会
11月 研修旅行 期末レポート面接
   真宗本廟報恩講「御伝鈔」拝聴 真宗本廟報恩講「御満座」参詣
   学寮報恩講
12月 学院報恩講 学期末試験 二学期終業式

    三 学 期

1月 三学期始業式 後期教師修練
2月 卒業レポート面接
3月 「青草会」 学年末試験 おわかれ会 卒業式、教師補任式

※やむをえない事情で日程変更の場合があります。

 
大谷専修学院中庭
▲大谷専修学院中庭

 

▲ページのトップに戻る▲

親鸞聖人像(熊皮の御影)

親鸞聖人

東本願寺

東本願寺

「青草びとの会」

大谷専修学院同窓生学習会「青草びとの会」

児玉暁洋選集

児玉暁洋選集
内容についてはココをクリックして
ください。

児玉暁洋先生との「出逢い」

児玉暁洋先生は、2018年に浄土に還帰されましたが、先生との学院での「出逢い」を卒院生が語ってくださいました。(画像をクリック)
「有難き哉」藤谷知道(1975年卒・大分県)

溪内弘惠先生との「出逢い」

溪内弘惠先生は、2017年に浄土に還帰されましたが、先生との学院での「出逢い」を卒院生が語ってくださいました。(画像をクリック)
「場」髙桒敬和(1988年卒・富山県)

© 大谷専修学院 2023. Powered by WordPress